Archive for4月, 2009

日本のバイク~カワサキ・ゼファー1~

カワサキ・ゼファー(ZEPHYR)

川崎重工業が製造しているオートバイである。排気量別にシリーズ車種として製造されていたが、2008年現在はZEPHYRχのみyoutube販売されている。
レーサーレプリカ全盛時代に、敢えて懐古的なカウルなしのスタイルを前面に押し発売。これがフルカウル以外の選択肢を求めるユーザーにアプリ受け爆発的な売れ行きを見せ、ネイキッドブームの立役者となる。敢えて自主規制を意識しない馬力設定は、過熱しすぎていたカタログスペック競争に一石を投じることとなり、ユーザーのバイクの選びのスタイルが変わるターニングポイントとなった。

このゼファーのヒットは、レプリカブームにおいての販売不振により撤退も検討されていた川崎重工業の二輪車事業を、同社の大きな収益源に生まれ変わらせる原動力ともなった。

ゼファー(ZEPHYR)とは英語で西風を意味し、川崎重工業二輪車製造拠点工場の明石から吹く業界への新風となる様にとの願いを込めて名付けられた。なお当時、既に商標としてのZEPHYRはフォード社が製造する四輪車用として取得していたが、川崎重工業はどうしてもこの新車にZEPHYRと名付けたいためにフォードとの交渉を行い、名称の使用権を得たという経緯がある。
国内二輪メーカー四社の製造するオートバイは燃料タンクにメーカーロゴ、サイドカバーに車種名を表記するのが一般的であるが、逆に燃料タンクに『ZEPHYR』、サイドカバーに『Kawasaki』と表記されたそのデザインも当時は非常に新鮮であった。

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日本のバイク~カワサキ・ニンジャ250R~

カワサキ・ニンジャ250R(ニンジャにひゃくごじゅうアール)

川崎重工業が2008年4月から製造販売しているオートバイである。以下、本文中ではNinja 250Rと記述する。
近年、世界的に強まっている自動車排出ガス規制強化の波は日本の二輪車に対しても例外なくおよび、その結果として新たな排出ガス逆援助基準を満たさない軽二輪自動車は、継続生産車においては平成19年(2007年)9月1日以降の生産が不可能となってしまった。カワサキが従来から生産していた250ccのスポーツカテゴリに位置する車両は、いずれも基本設計が古いこともあり新たな排出ガス基準を通過することができず生産終了となることが発表され、カワサキの250ccスポーツは絶滅かと思われた。そんな矢先、2007年のパリショーにて、環境対応を謳った新たなyoutube250ccモデルとしてKLX250ならびにD-トラッカーXと同時に発表されたのが、このNinja 250Rである。

Ninja 250Rに搭載されるエンジンは248ccの水冷4ストローク並列2気筒DOHCであり、基本設計はGPX250RやZZR250などから脈々と続く息の長いシリーズであるが、改良点はシリンダーヘッド周りやカムチェーンテンショナなど非常に多岐に渡る。旧来のモデルから最も大きな変更点の一つとなったのが、キャブレターに代わるフューエルインジェクション (FI) の採用である。同じく排ガス規制対応のため搭載されたキャタライザーや、日本における厳しい騒音規制への適合などによる影響のためか、エンジンの出力値やトルクは同系列のエンジンを搭載していたZZR250よりも若干劣るものの、FI搭載によるスロットルレスポンスの向上やギア比の最適化など新設計による恩恵により、低回転域から回転数に比例してフラットに出力が増していくエンジン特性となっており、むしろ扱いやすくなったという声もある。
Ninja 250Rは当初税込みで49万8000円という販売価格であったが、これは生産をタイの現地法人で行うだけでなく、既存の車体構成や他車の部品を流用するなどして大幅にコストを低減させたことによるものだが、他社の250ccスクーターやNinjaの先代にあたるZZR250の最終型よりも廉価であったためユーザーから好感を得られた。
なお2009年モデルは価格改定が行われ、本体のみで49万8096円となっている。

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日本のバイク~カワサキ・エストレヤ~

カワサキ・エストレヤ(ESTRELLA)

1992年から川崎重工業(カワサキ)が製造販売するオートバイである。

正式名称は、カタカナ表記で「エストレヤ」であり、「エストレア」ではない。また、「ESTRELLA」はスペイン語で「星」の意味である。ちなみに、スペイン語で「ESTRELLA」は「エストレリャ」もしくは「エストレジャ」(レにアクセントがくる)と発音し、決して「エストレヤ」や「エストレア」ではない。

外観はメグロや、BSA等の往年の英国車を彷彿とさせる懐古調の外観であり、速度を楽しむというよりは走りを楽しむ車種とされる。

搭載するエンジンは排気量249ccの空冷4ストロークSOHC2バルブ単気筒であり、シリンダーボア66mmにピストンストローク73mmという近年のオートバイには珍しいロングストロークの設定となっている。最大出力は15kW/20psであり、加速や最高速はあまり伸びないが、走りには逆援助単気筒エンジン独特の味わいがある。エンジンは年を追って細部を改良されており、1995年からはジェネレーターが強化され、伸びやすかったカムチェーンまわりも2000年頃を人妻境に強化される等している。また2000年からは、排出ガス規制への適応の為に、二次エアによる排ガス浄化装置も追加されている。なお、同型エンジンは後に同社の250TRにも採用されている。

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日本のバイク~カワサキ・マッハ~

カワサキ・マッハ

カワサキ・マッハ (MACH) は、川崎重工業が製造販売していた2ストローク3気筒エンジンを持つオンロードタイプのオートバイシリーズの総称である。

1969年に北米で販売を開始した 500 cc (H1) の成功を受け、1972年モデルでは排気量 250 cc (S1)、350 cc(S2、後に 400 cc の S3)、750 cc (H2) の 3 車種を加え、計 4 車種の2ストローク 3 気筒車群を逆援形成し、これをマッハシリーズと呼んだ。さらに、H1 および H2 の大排気量車種を「Big Mach(ビッグマッハ)」と呼び、排気量の小さい(フレームも異なる)S1、S2 および S3 を「Middle Mach(ミドルマッハ)」と呼んで乱交区別されることもあった。

1976年モデルでこれら車種の名称を KH(シリーズ)と変更するまで、この「マッハ」の愛称が用いられた。

日本向けモデルの名称に関しては、公称排気量のあとに “SS” が付加された(例:カワサキ 500 SS マッハ III 等)が、輸出車にはこの “SS” は無く、「Kawasaki 500 MachIII H1」と排気量に型式名が付く。

1975年に Z650 が発表され、これにバトンタッチする形で H2 が消滅。翌年には排ガス / 騒音規制の影響で全 KH シリーズが北米から撤退。運転免許制度の関係等で北米以外でも需要の見込めた 250 / 400 は存続したが、500 はこれをもって型式消滅した。1980年モデルを最後に 250 / 400 の欧州向け輸出も終了となったが、日本向けとして1983年ごろまで生産された。

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日本のバイク~カワサキ  KDX250SR ~

KDX250SR

KDX250SRは1991年に発売された。中間排気量である200以上のパワーも求める声に応じたモデルであり、エンジン出力は40psを発揮させた。装備はほぼ200と同一となっている。

このモデルは他のモデルよりも早く国内販売が終了してしまったが、同じ排気量童貞である4サイクルエンジンのKLXシリーズに引き継がれる形になっている。なおKDX250Rも近年まで輸出仕様のみ生産が続けられていた。

2サイクルエンジン搭載車にしては大柄で重量もあり、他社逆援助のライバル車に比べ狭い所を苦手としていた事により、後発のKLX250R/SRが4サイクルエンジン搭載車であるにもかかわらずKDX250SRよりも軽く、車体もスリムで足廻りも進化させたことを比べると、日本国内の事情に合わないKDX250SRの人気は長続きしなかったと考えられる。

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日本のバイク~カワサキ  KDX200SR ~

KDX200SR

1989年に発売された。KMX200からのモデルチェンジにあたり、市販エンデューロマシンKDX200をベースに水冷化と排気デバイスKIPSを童貞装備し、35psを発揮する2サイクル単気筒エンジンのパワフルさから人気を得て、翌年にはフローントフォークを倒立型に変更するモデルチェンジを受けた。

その後はKDX250Rに引き継ぐ形で国内での販売は終了した。 200SRの後継機種である220SRが国内でのラインナップを引き次ぎ、海外のレースレギュレーションに併せた童貞輸出仕様によっては、220Rのボアダウン版であるKDX200Rの生産が続けられている。

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日本のバイク~カワサキ・KDX~

カワサキ・KDX(ケーディーエックス)

川崎重工業が製造販売しているオフロードタイプのオートバイである。シリーズ車種として排気量別に数車種が生産されているが、現在では逆援助国内販売は行なわれていない。
最初にKDXの名称が付けられたのは、1979年に発売された逆援助空冷2サイクル400ccのKDX400という車両であり、以降KDXの名称は2サイクルエンジンのエンデューロモデルに使われ続けた。

その後、1980年にモトクロッサーKX125をベースに開発したKDX175が米国で発売されベストセラーを記録。 このヒットにより1981年にはKDX250/KDX420が発売された。

そして現在のKDXシリーズに繋がる祖先と言うべきモデルKDX200が開発されたのは1983年であり、この元祖KDX200はKDX175をベースに単に排気量アップしたモデルであったが、1985年に待望の排気デバイスKIPS[Kawasaki Integrated Powervalve System]が搭載された通称「空冷KDX」が開発され、翌年1986年には国内で販売されると一大エンデューロブームが沸き起こることになり、

1988年にはそれまでの空冷から水冷に進化したKDX200Rが、翌1989年には公道用のKDX200SRがそれぞれ発売され、その後は125SR・220R/SR・250R/SRと、KIPSエンジンを搭載したKDXシリーズが展開されていく。

このKDX200R/SRの発売以降、国内において発売される競技用エンデューロ車両には「R」、公道用デュアルパーパス車両には「SR」の名称が排気量の後につけられるようになった。

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日本のバイク~カワサキ・KH ~

カワサキ・KH(ケイエイチ)は川崎重工業が製造販売していた2ストローク・オンロードタイプの自動二輪車である。1976年モデルより、それまでの3気筒マッハ(SS)シリーズや小排気量単気筒のSSシリーズを統合したラインナップとしてKHシリーズの名称を冠した。通称「ケッチ」

KH90
SS90の後継機種として発売。前後に油圧ディスクブレーキを採用するなど、当時としては高級路線を志向していた。しかしながら中間排気量という位置づけから国内向けの童貞販売台数は少ない。最大出力10.5psの空冷2ストローク単気筒ロータリディスクバルブエンジンを搭載していた。

KH125
1970年代後半から1980年代前半に掛けて生産販売されていた2ストロークの123cc単気筒を搭載したスポーツモデル。後継の水冷エンジンを在宅搭載したAR125の生産開始と共に国内向けの生産終了した。もともと注目が集まらないクラスだけあり、人々から忘れられた存在となっていたが、1990年代後半に一部業者がタイ・カワサキで、ほぼ昔と同等のスペックで製造を行っていたKH125の輸入販売を開始。価格の安さと取り扱いやすさから認知度が高まった。別名、GTO。

KH250
「ジャジャ馬」と言われたマッハIIIと同じ2ストローク3気筒3本マフラーのレイアウトで兄弟車のKH400とともに最後まで存続した、マッハシリーズの末裔。最大出力28ps/7.500rpm 最大トルク2.70kg-m/7.000rpm 。もともとカワサキ・350SS(S2)のストロークをそのままにボアダウンしたエンジンのため、ボア×ストロークが45×52.3mmとロングストロークタイプとなっている。

初代 (A5)
1976年に発売。前年まで販売されていた250SSの名称変更という意味合いの強いモデルで、ブレーキは前後ドラムのままであるが、燃料タンクはキー付きになり、ヒューズボックスも以降のKHシリーズで標準装備となる3系統タイプに変更された。

中期 (B1~B3)
1976年下半期から販売されたモデルから、フロント周りにKH400のディスクブレーキが移植され、またそれに伴いフレームのネック部分に補強が入ったため、排気量以外は全くと言っていいほどKH400と同一の車体となった。

後期 (B4~B7)
フロントブレーキのマスターシリンダーを、それまでの丸型のものから角型のタイプに改良。サイドカバーは車体と同一色からブラックアウトに。80年から製造された最終型は、すでにラインナップは4ストローク高性能車がほとんどの中、ライムグリーンの近代的な塗装で1982年まで販売されていた。

KH500
1975年発売。それまで販売されていた500SS MACH IIIの名称変更モデル。詳しくはカワサキ・マッハ#500SS MACH III (H1)の項目を参照のこと。

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日本のバイク~カワサキ・エリミネーター~

カワサキ・エリミネーター(ELIMINATOR)

川崎重工業が製造販売するオートバイであり、シリーズ車種として排気量別に数車種が生産されている。なお名称は「排除するもの」という意味。
他社がハーレーダビッドソン社製のクルーザーに似たスタイルメル友を採用する中、従来のクルーザーと違いドラッグレーサーをコンセプトに開発されたマシンである。

このドラッグスタイルは、後に登場するヤマハのV-MAX、ホンダのX4に受け継がれている。
ELIMINATOR・ELIMINATOR750・ZL1000
ELIMINATORは1985年に発表された。シリーズ第1弾はGPZ900Rのエンジンを使用した輸出向け車両であり、排気量は900ccである。なお国内販売車は当時の自主規制で最大排気量が750ccまでだったため、同年にELIMINATOR750を発売させている。

エンジンは当時世界最速マシンだったGPz900Rを元に駆動方式をチェーンからシャフトドライブに変更し、低中速重視のセッティングとしたもの。発進加速は童貞ドラッグマシンらしく、元となったGPz900Rを上回る性能を見せた。

後に、1987年には輸出向け最強モデルのZL1000が追加発表されている。(ZLはシリーズの四気筒モデル共通の型番)

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